「ほっ」と。キャンペーン
Top
カテゴリ
全体
日々
写真だけの日(一眼レフ)
写真だけの日(コンパクト)
東京ノスタルジック喫茶店
東京・横浜 リトル カフェ
たべもの
たまにはラーメン
プリンってカワイイ
ピアス作りと自分でジェルネイル
エッセイ的な
人物/青空1日写真館
旅のこと1-バリ島
旅のこと2-佐野小旅行
旅3-scene,in Asia
旅4-scene,in Europe
旅5-scene,in the past
東京プチヒーリング
ミニガイド
読書・本
仕事・写真のこと
my favourite things
散文
mini写真展1-2008秋
オリジナルポストカードリスト
お知らせ
この頁について
はじめましての方へ
=memo=
どうぞよろしく↓↓
以前の記事
2014年 12月
2014年 03月
2013年 12月
2013年 08月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
もっと前の記事↓
Mar,2004〜XX,Mar,2007



Copyright-©2011 Maki Shiozawa All Rights Reserved

☆掲載されている画像等の無断転載・使用は禁止いたします。ご遠慮ください。
著作権は塩沢槙に属します。


●お仕事などのご依頼・メールはこちらへ
makishiozawa[at]ybb.ne.jp  
↑[at]を@に変えてくださいね!


○携帯電話からご覧になる場合のURL↓
http://
mblog.excite.co.jp/
user/makisphoto/


みちくさ学会バナー
by livedoor

純喫茶カテゴリ連載中




○リンクフリーです。
ご一報いただけたら、とても嬉しいです。


エキサイト以外のリンク
------------------------
ケーキ日記
妹・マヤの日記
Cafe 9chair
笹塚中野通り
Spice Cafe
しらすのラーメン日記
ふでもじ生活
おっさん メダカ ロックンロール
houti blog
一本気新聞
TULSA
ね じ ま き 雲
seront
design office B3のつれづれ
お気に入りブログ
旅の記憶 - trave...
つれづれ日記
フウドの日々暮らし
gallery yuri
lulur*otb
ナオミの夢 ~『喫茶 宝...
ゴリラ と 星☆
ライフログ
検索
タグ
人気ジャンル
ブログジャンル
画像一覧
カテゴリ:散文( 15 )
世界には美が溢れている とか思う
f0130980_754866.jpg


世界は無数の美しさに溢れているなぁ
同じ数だけの喜怒哀楽と
たぶん同じ数だけの醜さもあるけれど

どれかだけだったら面白くない世界
[PR]
by makishiozawa | 2011-06-10 07:58 | 散文
深い深い
f0130980_21244999.jpg


油断をしていると、
深い深い森の中に、
迷い込んでしまいますよ。

っていうフレーズを思い浮かべました。
ときどきやろう、
ことばあそび。
[PR]
by makishiozawa | 2011-06-03 21:37 | 散文
asakusa tokyo
f0130980_729415.jpg



f0130980_7302956.jpg



f0130980_734507.jpg



冬の日のこと、
低い太陽が、
思いと同じ数だけの影を作る。
[PR]
by makishiozawa | 2011-06-03 07:39 | 散文
私は私をしか生きられない
f0130980_9454580.jpg



昨日自分が書いたことを読みなおしてみると、
生きているということは、
自分の不得手なことを死ぬまでの時間をかけて
克服し続けていく作業のような気がします。
克服には時間がかかることもある、苦しいときもある
人を傷つけてきたことに向き合わなくてはならないことも。
それでも放り出して、忘れ去ってしまうよりもいいかと思います。
もうとっくに終わっていることも、自分の中で清算
それは自分のために。
[PR]
by makishiozawa | 2011-05-25 09:55 | 散文
再びエネルギーのお話
f0130980_1911821.jpg



前々回に長く書いた話の中で、”石油が電気に変えられるのかはわからない”と書きましたが、
私が生まれる前は、石油で電気を作っていたのだと知りました。

1970年代に二度の石油ショックを経験したことによって、石油への依存を減らして代わりに原子力・天然ガスへ移行したそうです。
1970年度は約6割を占めていた石油による発電は、現在では約1割に減少している。
とのこと。

(でんきの情報広場より一部引用)

むしろ話は逆で、
原子力自体が、石油に代わるエネルギーだったのでした。
ならば立ち返るべき、と思います。
輸入の石油でというのは大変なことなので、

やっぱり藻からエネルギーの研究が進むとよいですね。
これから。

*
写真は梅干しですけど。
[PR]
by makishiozawa | 2011-04-06 19:03 | 散文
石油に代わるエネルギーの話 とその話が出てくるまで
f0130980_18591297.jpg



地震が起きて不安な日々を過ごしながら、いつものように私たちはいろんなことを話していました。
地震のことも話は尽きないけれど、地震や津波はもう起きてしまったこと。一番の課題はエネルギーの問題だと思う。まだ解決していない、終わっていないのは原子力発電所の問題。
日本人として恥ずかしながら、私は自分の普段の生活がどのくらい原子力に依っていたものだったのかを知らなかったし、興味もさほど持っていなかった。
多分多くの日本人にとって、電気っていくらでもある、まあ沢山使ったら電気代は上がっちゃうけどね、くらいの、水も同じだけど、あって当たり前のものになっていた。電気があることに感謝したことがあったか、いやなかった。本当に恵まれた国に生きているってことだ。
原子力の恩恵を受け続けていながら、それを善いとか悪いとか、ああだこうだいう資格はない、というような気もする。
だけれども、日本の多くの人が少しずつ感覚を変えて、状況も変わっていけばいいなと思う。

色んな話をするなかで、石油みたいなエネルギーを作れる苔だか藻だかがあるんだよねー、なんて名前だったかなぁ?オーランチ○○トリウム???だったかなと彼が言いだした。
さすがに、日本がどのくらい(というか殆ど)石油を輸入に頼っているかは知っている。で、石油ほどのエネルギーに代わるものがなかなかないってことも、なんとなくは。
私はそんな話をかけらも聞いたことがなかったので、ほんと??と驚いた。それってすごいんじゃない?と思った。
盛り上がって調べてみると本当にあった。こういうとき、インターネットは本当に便利だ。藻から石油に代わるエネルギー源が作れるそう。
大変興味深い記事を見つけたので、こちらに貼り付けておきます。↓

”藻類が世界を変える”

記事を読むと無限の可能性を感じました。
海を見たときに、ときどき油みたいなものが浮いてるときありますよね?
あれも藻が出している油分と知ってびっくり!!!!何度もそういうの見たことがあります。汚い海なんだと思っていました。でも違った、私はすでに藻が出す油を目撃していたんだーとちょっと感動しました。
すでに国の予算で研究しているそうなのだけど、全然予算が足りていないよう。
いま、石油を輸入するのが一番手っ取り早いから、ずーっとそれが続いているわけだけど、こういうことにこそ国のお金をかけるべきでしょう、と思ったのでした。

石油に代わるエネルギーなので、原子力に代わることができるのかできないのか、電気を作ったりするのに繋げていけるのか全然次元の違う話なのか、理系がさっぱりの私には判断しかねるのですけど、なんだかすごく大きな力になるんじゃないかという気がします。そうすれば発電にも使えるんじゃないかって思うのです。

もっともっと、こういう研究の存在が知られるべき、
この計画を進めるのに積極的な政治家がいたら応援するのにな、と思うのでした。
個人がどうこうしてなんとかなる規模のお話ではなさそうだから。

それから、
私はもっと日本の歴史とか、人間の生きてきた歴史をきちんと理解していこうと決めました。
早速そういう本を少しずつ読み始めています。
日本が好きとか言いながら、その日本を私はきちんと理解しているのか。
いいやしていない。
私は日本に生まれて、日本の中で生きてきて、日本で死んでいくだろうと思う。
というより、私は生まれながらに日本の一部なのかもしれない。ならば自分が属している場所くらい、きちんと理解したいなと思うようになった。

何不自由なく暮らしていると、恵まれた生活に慣れ、本来悩みではないようなことで悩む。悩みのレベルって置かれた状況で全然違っていて、なんていうか、つくづく人間は贅沢な生き物なんだなぁと思います。なんとなく漠然とはそういうこともわかっていたけれど、豊かな生活の中ではその輪郭はあまりにぼやけていてはっきりと自覚できない。そういうこともきちんと外側から見られるようになりたい。
そのためには知るべきことが沢山あるのだと思いました。
装飾的な部分って恵まれた環境に居ないとまるで意味をなさない。ということも強く感じました。
この先仕事をしていくうえでも、表面的なことではなくて本質的なことにつながる表現ができたらいいなと思いました。そういうところを常に目指そうと。
この意識が、私の中で起こった最大の変化です。

なんだかやっと、自分の気持ちが落ち着くべきところに行きついて、
これまでどおり、自分が食べているごはんの写真とか、どうってことない記事もアップしたくなってきました。
仕事がひと段落するまでは毎日は無理だと思うんですが、また日々写真を更新していきたいと思います。これからも、どうぞよろしくお願いします。

*
とても個人的な話になってしまいますが、うちの彼と私は全然違うところで全然違う環境で育ってきて、向こうは中学・高校・大学といわゆるバリバリの体育会系、私は完全なる文化系、私はなに不自由なく育ってきて、彼は結構苦労してきました。よく出会うことができたなぁというくらい違う世界で生きてきました。
私のことを常に客観的に見て、これまでにないくらい多くのことを指摘され、私は自分が客観的にどのように見えているのかということをすごく知ることができた。そんな観点で私のことを語った人なんてこれまでにいなかった。彼はもちろん誰彼構わずそういうことを指摘する訳ではなく、むしろ何も言わないタイプ。陽気で頑丈な人です。
そして私は思いました、この人の言っていることは正しいな。私は独りよがりな生き方したくないと。
とにかく雑学の知識が豊富で、一般的な感覚がどういうものかをわかっている。私はその感覚からかなりずれたところで平気な顔をして生活していたのでした、おそらく。
彼と出会ったおかげで、私にとって見える世界というものがそれまでより格段に広がった。
知識も興味も広がりました。それから以前よりも、自分を外側から見られるようになりました。
基本的な部分は多分変わっていないし、簡単に変わることもできないくらい私には私らしさが染みついていると思うのだけど、それを自覚しているのといないのとでは雲泥の差です。

子どもの頃から文章は書いていて、小説家とか詩を書く人とかいつも憧れの仕事の中には文章に関係することは含まれていたのだけれども、現実には仕事に関して28くらいまでは、自分は写真だけをやり続けて文章を書ける人と組んで仕事したいと思っていました。そう思っていたけど、自分で書こう、書けると思ったのも、彼と出会ったことによります。
不幸じゃないと(≒何かを渇望していないと)書けないことってあるというのは身に染みてわかっていたけど、幸福だから書けるっていうこともあるんだと知りました。
私についてと、私たちについての話は今日はこのくらいにしておいて、またいつか書けたらいいと思います。

うちの彼の雑学の知識の豊富さに今回驚いたって話なんですが、よく知ってたなぁそんなこと、いつそんな話を耳に(目に)する機会があったんだろうって思ったのでした。

*
今日の写真は、私がロンドンに住んでいたときから持ってるお気に入りキャンドルです。
20時間くらい、いやもっとかな?もつやつなので、いっこうになくなりません。
星やハートはあとから自分で浮かべました。昔ね。
3/17、私は電気つけないでテープ起こしのときに使っていたら、危ないから日常的には使わないで!と帰宅した彼に言われたので、緊急時だけ使うことにしました。25歳くらいのときに細いキャンドルが倒れテーブルクロスに引火しそうになったことがあって、もちろん、キャンドルの怖さはわかっているので十分使うときは気をつけているんですが。
私は長年キャンドルが好きで集めてきたのですが、こんなに沢山持っていても使いきれないので、これから少しずつ自分の周りの人にあげていこうと思っています。みんなの緊急用に。
[PR]
by makishiozawa | 2011-04-04 19:18 | 散文
まだ誰も見ていない写真たち
f0130980_12194545.jpg



昨日ふと思い出したこと。

私には、まだ誰にも見せていない、外国で撮った写真が本当に沢山あります。
ヨーロッパの写真、イギリス、イタリア、ハンガリー、チェコ、オーストリアで撮ったもの。
東南アジアの写真は本で使われたものと、本に使われなかったものがあるけれど、気に入っていても落ちてる写真っていうのが結構あるはず。
バリ、タイ、ベトナム、カンボジア、ラオス、ミャンマー、マレーシア、ネパール。
バリ以外、ほとんどすべて、ポジなんです。
ポジっていうのはフィルムカメラ写真。リバーサルフィルムというフィルムを使って撮っています。

いつかもこれらの写真を載せたいなぁって事は書いたけれど、また思い出しました。
どうしてもなかなか、スキャンするのが面倒で、時間がもったいなくてやれていないのだけど、なんとかもう少ししたら、今年中には、
少しずつでいいから載せていけたらと思います。
だいたい、今使っているプリンターでスキャンしたことがないので、できるのかどうかもよくわからない。ああ、悲しい機械音痴。
でもなんとか解決して、前進したい。きっと、一歩踏み出したらぐんと進む気がするんです。
視界が開けるというか。(旅の写真に関して)

私のブログにはコメントはあまりないですが、それは私自身があまりコメントをしない質だかということもあるかと思います。どちらにしても、そんなに大勢の方が見ているサイトではないけれど、毎日見に来てくださる方がいて、メールでや会ったときに、こういう写真を見るのが好きとか、こういう写真が見たいと言ってくださる知人友人がいる。

それから、私の手元には20代の時に全力で撮ってきたアジアの写真がある。
それを、誰にも見せずに終えるのは勿体ないなと思うのです。

旅の写真でミニ写真展をやらないか?と声をかけてくださった方がいたんですが、なにしろフィルムの状態なので、それをどうにかする余裕がなくて、話が止まっている状態。
できるかどうかはまた置いておくとして、自分が気に入っている写真は、人にも見てもらいたいな。

イギリスには1年住んでいたから、どうってことないものも含め、大量の写真があります。
イギリスのは紙焼きの写真もたくさん。
あれからもう、11年が経ってしまった。
ハンガリー、チェコ、オーストリアの写真は少しずつ。イタリアも少ないけど、イタリア人の友人がいたので、他の国より少し多い。
ハンガリーにもオーストリアにもその国の友人がいるけど、滞在期間が短かったので、たぶんそんなにないです。記憶はあいまいだけど。

アジアでは、すぐには全部思い出せないくらい多くの場所に滞在して、毎回フィルム100本近く撮っていたので、とにかく沢山の写真がある筈です。随分長いこと、自分でも見ていない。
今思い出せる限りでは、タイとミャンマーの国境近くの山奥の町とか、カンボジアの遺跡群、ミャンマーの湖のある村、マレーシアのマーケットやポルトガル村、ネパールでは困ったときに助けてくれたネパリの友達もできました。とにかくたくさんの美しい場面を見て、多くの人たちとコミュニケーションし、写真を撮ってきました。
百聞は一見に如かずです、ここで長い言葉を並べて説明するよりも、写真を見てもらいたい。
こうやって書いていたら、ますます写真を見てもらいたくなってきました。

学生時代の私が写真にのめり込んだのは、人に見てもらう楽しみ、を知ったから。
きっと、写真を好きな人は、そういう人多いのではないかと思う。
思うような写真が撮れたとき、思っていた以上の写真が撮れたとき、それを身近な人が褒めてくれたとか、欲しいと言ってもらったとか、小さなきっかけ。そんなささやかな喜びが、夢を実現させる、好きなことを継続する原動力になっていたはずです。
初心忘れるべからず、今でもはっきりと思い出せる10代のあの頃の気持ちを、いつまでも忘れたくない。

そう強く、思ったのでした。

どうか、そんな私の写真をこれからも見に来ていただければ、幸いです。

私が写真を続けているのは、写真の力を信じ続けているからだと思います。
今でも日々取材の中で、写真の力を再確認する出来事が起きています。
仕事的に言えばそれを、本の中にも閉じ込められたらと願ってやまないのです。


*
それから昨日は、新しいポストカードのかたちも思いつきました。
こちらはひとりでは作れない。
できたら今年中に作りたいなと思います。
ヒントをくれた、いつも素敵な手紙をくれる友人に感謝。
できることがまだまだあるのに、全然やりきっていない、そうも感じた一日でした。


塩沢 槙 04/feb/2011


f0130980_12195657.jpg



f0130980_1220846.jpg



(写真は少し前に歩いた立石で。最初の写真はとても魅かれた場面で、通り過ぎてから戻って撮りました)
[PR]
by makishiozawa | 2011-02-04 12:26 | 散文
日々雑感 01,Dec,2010
f0130980_751841.jpg



今日から12月ですね。
私の34歳も、もうすぐおしまい。
今月の取材目標数、おおむねできますように。


●六本木
さほど縁がなかったこともあって、六本木はあまり好きな町ではなかったけれど、仲良しのおじいさんができた。
おじいさんと言っても、毎日シャツを着てネクタイを締めて仕事をしている。髪型もぴしっとしている。
その人と会うといろんな話をする。その人は興味の幅も広く、記憶力も抜群で、好きなものに情熱的。
単純なもので、六本木が好きになってきました。
これからも、ときどき行く町の仲間入り。
ときどき来てね、の言葉は嬉しいものです。

(六本木は、中学・高校時代が一番行っていました。当時うちは、ときどき家族で六本木で食事をするような感じだったので。有名店には結構入りました。だから興味がないのかも
↑私の場合は、のお話です。町や場所に惹かれたり、惹かれなかったりする理由はそれぞれ別の理由があると思います。)


●手作り、イベント
自分が青空一日写真館というイベントをやるようになって、ますますイベントに興味が湧いてきた。
いろいろと興味の湧いた人やものを作っている人のサイトをたどって見ていったら、気になる作り手がかなり増えてきた。
かわいい手作りのものを作っている人に(ものに)興味津々。
ひとつひとつ実際に見に行こうと思っています。
秋の終わり(もう冬か?)、いろいろと知っています。

それから手作りじゃないけど、今朝テレビで見た、xchangeというイベント、要注目です。
(4時台か5時台の初めだったので、あまり見てた人いなかったんじゃないか。)
文字通り、洋服のエクスチェンジイベント。
早起きは三文の徳とは本当かも。知ってよかった。
フリーマーケットで売れ残って、古着屋に売りたいものは持ち帰ったのですが、ここへ持っていくことにした。


●カレンダー&レターセット
カレンダー今年作りたかったのだけど、諸事情あってできませんでした。。ので来年完成を目指そう。
ちょっとずつ、やりたいことをがんばりますー。
レターセットを作るのも夢。


●美化
話を美化する、という人がいるけどそういうのって読んでいて(聞いていて)わかる。
不特定多数に向けられる言葉の場合、個人的でない場合に起こりがちな気がする。
本人はもしかしたら美化している意識はないのかもしれない。
もしかしたらじゃないな、無意識じゃなきゃ困りものです。
美化することで、自分自身が納得できるのかもしれない。
でも、美化には共感できない。
矛盾は違和感として残るから。
そういう場面に遭遇した時感じることは、
私自身もそうならないように、気をつけようと思う。ということ。
自分自身のことを書くときはもちろん、取材でもいいことも悪いこともしっかり聞いて、取材された人が嫌だと思わない形で、きちんと文章にしようと思う。
いいことも悪いことも(美しいこともそうでないことも)あるのが人生だと思う。
私が書きたいのは、そういうノンフィクションだと思う。
気持ちの矛盾は、人生にはあるかもしれないですけどね。
矛盾は矛盾として書けば、つじつまは合いますね。


●ノンフィクション
まだ今やっている取材も終わっていない状態なのですが、次に取材したいテーマが自分の中で固まった。
イメージも固まったし、具体的なセンテンスまで浮かんできた。前書きかな。
できたらいいなと思う。
でもまずは、今の取材を終わらせて、全力で書くことだと思う。
で、この仕事が終わったら引っ越したいな。
引っ越したい、と、引っ越しは面倒くさい、の気持ちが交互でやってきます。


●手紙
ひさしぶりに会った人に、「ひさしぶりだったね」というと、「でもときどき便りをくれていた」と言われることが多くなってきた。
私は頻繁に友人とは会わないほうだと思うのだけど、そうやって繋がってきたのだと、言われるたびに思う。さほど意識してやってきたわけではないから、ほとんど習慣なのだと思う。
それから、
リトルカフェ本に入っている、とあるカフェの方から、閉店するとお手紙をもらった。(詳しくは後日、別記事で)
驚いて。残念。悲しい。
取材させていただいた方なのだけど、その人とはときどき、手紙やはがき(たまにメール)のやり取りをしている。すごくゆっくりペースで。
お手紙で知らせてくれたのが、嬉しかった。
これからも便りを書こうと思う。
やっぱり手紙っていいものだなと思う。

手元にまだ返事を書いていない便りがたまってきた。
わからない、届いた手紙のほうが、私が書いたものへの返事なのかもしれないけど?
お便りをもらった方にはもちろん、時間を見つけて、書きたい人には全部書く。
もう帰らなきゃと話の途中で帰ってきたので、六本木のおじいさんにもポストカードを送ろう。
2006年だか2007年だかに撮った、バリの海の写真のにしよう。
ポストカードは風景や情景を気軽に届けられるものだから、作る程に好きなんです。

筆まめさ、は私の財産だと思った。


f0130980_754224.jpg



f0130980_75535.jpg



(最後二枚はケイタイ写真)
[PR]
by makishiozawa | 2010-12-01 07:14 | 散文
大量の写真を捨てながら、たくさんのことを思い出した
f0130980_1956321.jpg



早朝からゴミの時間まで片づけをし続けた日、ゴミが行ってしまってもキリがよくなかったので、合わせて5時間くらいひたすら本の整理と写真の整理をしていました。
それで、写真も捨てた捨てた。
写真は近ごろ、整理を始めるごとにポジ・ネガ・紙焼き・合わせて数千枚捨てています。
それだけ撮ってきたんだなぁと、感慨深く思います。
ひととおり目は通してもちろん捨てるんですけど、とにかく日常的に写真を撮り続けてきたので行ったことすら忘れていた場所とか、やった仕事、たくさん写真に残っていました。
けれど、全部取っておいても場所を取るばかりでたぶんもう使わない。それなら持っている意味はないと思って、これまでは捨てられなかったポジも相当捨てました。
捨ててしまったら、もう私は二度と思い出せないのかもしれない。
だから、捨てたことをどこかに書いておこうと思った。

ゴミ袋に入ったポジも、その佇まいが私は好きで、この写真(フィルムのコマ)の形が好きなんだな~と思いながら、コンパクトカメラで写真に撮っておきました。
このとき捨てたポジは、埼玉のフリーペーパーの仕事をしていたときのもの。
こんな仕事もやったなぁ、いま思うと何気に大変だったなぁと懐かしく思いながら。
真夜中に大宮のホストの集合写真やら個人写真やらを撮影をしなきゃいけなかったりね。笑
日の昇る直前の朝方の駅前とか。ギャル服を売るファッションビルとか。
写真学校の課題で撮ったネガなんかも今回全部捨ててしまいました。
見ていても面白くないし。
やはり写真は、感じるものがないものは、長く残らないですよね。

もちろん大学時代の写真部の部室の中の写真とか、友達、死んでしまった愛犬ムク、若い時に撮っても構図に迷いのないもの、今でも気に入っているものは捨てていませんよ。
好きな写真は捨てません。
これまでが、なんでもかんでもとっておいてしまう子だったのです。

いつかデジタルのほうも、徹底的に整理しなくてはならなくなる日がくるのだろうなぁ。。

でも、物を減らすのってすごくいいことな気がするのです。
もう何年も前からそう思ってきました。
やっといま、やってます。


f0130980_19561342.jpg



おまけの写真、二枚。
部屋に飾っている花のお水をとりかえようとしたら、ムラサキの花びらがひらひらと散って、床にちらばった。
それもきれいだと思った。
最近、ちょっとコンパクトカメラのピントが甘いときがあるのが気になりますが。。

ゴミになるもの朽ちていくもののなかにも、美しさはあるのだと思います。


f0130980_19562493.jpg



今日は夜ごはんのために、チキンのトマトクリーム煮を作りました。
それを昼にもちょこっと食べました。
これはバケットとワインだなと思って、作って。
おいしくできました。
うちにあるもので、適当に作ったのだけどおいしくできるとうれしいです!
近所で買ったフランスパンが異様にでっかい気がします。
お皿は、少し前の器の個展で買って帰ってきたものです。
余宮隆さんの器。
すごく気に入ってる。
写真、まだ載せてなかったですね。
[PR]
by makishiozawa | 2010-04-16 20:52 | 散文
自由な人 奇人 の話
f0130980_22555362.jpg


自由なイラストレーターさんがいる
へんてこな絵でとてもかわいいのだけど
たまに、ほぼ意味不明なこと(ことば)も平気で書いている
意味をなすかなさないかなんて問題じゃないのかもしれない
あるいは彼にとっては言葉も絵の一部のようなものなのかもしれない
記号とか 音なのか も
でもそれがとってもよくてひそかにお気に入りだ
すごく自由な人なのだと思う
もしくは自由に見られる人
実際のところなにに縛られているかなんて他者にはワカラナイ

自分は自分の決めたルールや常識に縛られている
まだまだ自由じゃないと思う


f0130980_22571362.jpg



かといって誰もついていけないような自由な人になりたいかっていうと
そうでもない


f0130980_2257409.jpg



私はことばで伝えたいことが あるからね

伝えたいこと といういより表現したい かな
[PR]
by makishiozawa | 2010-03-12 23:00 | 散文