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○東京ノスタルジック喫茶店83 パーラーキムラヤ(新橋)-01
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オープンは昭和42年で、和田精輔さんが36歳のときである。新橋の駅直通ビルのひとつ、新橋駅前ビルができた時から一号館・地下1階にパーラーキムラヤはある。
奥さんと息子さんと家族で店を経営。息子さんや奥さんが厨房に入っているときは、和田さんは入口の小さなお勘定場に座っている。

「私は生まれが新橋なんだ、機関車のちょっと先なんだ。港区になる前はここら辺は芝区って呼ばれてた。昭和6年、芝区田村町二丁目に私は生まれたんだ。親父は今でいうスーパーマーケット、八百屋なんだけど野菜から缶詰、乾物、果物を売っていた。真ん中にレジを置いて、精算するっていう方式。小学校6年生、昭和18年まで店を手伝っていたんだけど、野菜が配給になったんですよ。お米が配給になったのは皆さん知っているだろうけど、野菜が配給になったのは知らないでしょ。
うちの親父さんは水戸のほうの山奥の出なんです、それで水戸の学校へ転校して、疎開したんです。そこで終戦を迎えて。終戦の8月15日は勤労奉仕で、兵隊と一緒に山の中腹に穴をあけて防空壕を掘っていたんです。夜まで戦争が終わったことは知らされなくて、その日も知らずに穴を掘っていました。兵隊がぶらぶらしてるから、なんでかなーと思っていたんですよ。いつも夜は暗い駅もこの日は明るくて、おかしいなと。それで、うちに帰ったら「もう戦争は終わったんだ、日本は負けたんだよ」って聞かされました。


苦労も結構多かった。

「オープン当初は、ここは一時間に5人くらいしか人が通らない場所でした。でも、この建物の地下に帝都ハイヤーっていう会社の詰所ができて、そこの人たちが仕事へ行く前や、終えた後に来てくれるようになったり、あとはソニーの社員寮が青砥にあって、ここの人たちも沢山来てくれるようになりました。そうこうしているうちに新橋もビジネス街になっていって。今では大勢の仕事人が立ち寄ってしばしの休息をしていきます。落ち込んだこともあったけれど、継続していくことしか考えていないんだ」

店の人気メニューはオムライス風のチキンライスだ。ナポリタンもこだわりの品。

「ナポリタンもずっと改良を続けて今日に至るわけよ。今はバジルがどうとか言うでしょ?バジルも入れたし、酸味を出すために家内の自家製の梅ジャムなんかも入れてる。もともとはアメリカのナポリタンの缶詰が師匠なんだ、そこに書いてある英語の原材料を見て、分析して研究してソースを作った。それがベースです。
しかし、なんとしても主体はコーヒーだと思っているんですよ。輸入業時代には、自分で生豆から輸入して、焙煎、配合、卸までしていたからコーヒーにはこだわっています。やっぱり人間の手で、温度を調整しながら淹れたコーヒーは美味しいよ。業者が来て、コーヒー淹れる機械を入れてくれなんて言ってきたときもあったけど、断ったんだよ」

和田さんはそう言って3時間にわたる半生の話を終えた。

「うちの人は頑固なのよ。手間省いて、値段を下げるとか全然考えないの」

横にいて話を聞いていた奥さんがそう言って笑った。

こういう頑固な店主がいるから、時代の急速な変化の中、昔ながらのよい店が同じ形のまま結構しぶとく残っているのだ。
そして、日々の生活の中で本人が転機を敏感に察知することが、満ち足りた人生を送ることのできる大きな鍵なのかもしれないと思った。
話を聞き終わったあとに食べたナポリタンは、ちょっと特別な味がした。


(単行本『東京ノスタルジック喫茶店』河出書房新社刊、より一部引用。)


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(店内に飾られている旧新橋駅舎の写真)


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パーラーキムラヤ(新橋)-02 につづく
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by makishiozawa | 2010-05-29 21:40 | 東京ノスタルジック喫茶店
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