マスターだった後藤一さんが肺がんで亡くなったのが、2005年のこと。
一さんと太田次枝さんは40年連れ添った夫婦で、二人が店を出したのは38年前。
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「9月に検査入院して、1月に死んだんですよ。あっという間でした。そんなに早く死んでしまうとは思いませんでした。余命3ヶ月って言ったって、3ヶ月で死ぬとは限らないじゃないですか。
血圧も普通だし、心臓なんてとっても丈夫よ。悪かったのは、肺だけですよ。でももう数年前にタバコもやめていたのよ。でもだめなのね」
検査入院のあと、帰っていいと言われたので家から通院した。
「店のことは任せっきりだったから、余命3ヶ月と言われたときに私はコーヒーの淹れ方をきちんと教わらなくてはならなかったんです。マスターのコーヒーの淹れ方、それだけは私もきちんと守ろうと決めてるの」
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「マスターがいたら、こんな風に写真を撮ってもらえて喜んだと思う。彼はもっともっと色んな話をしてくれたと思う。」
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私は古い写真を見せてもらいながら、カウンターで働く一さんの姿を思い浮かべていた。
(単行本『東京ノスタルジック喫茶店』河出書房新社刊、より一部引用。)
PEOPLE(神田)-02につづく